その怒り、ほんとに相手のため?

ストレスの発散場所、どうしてます??

わたし、高校時代からのトラウマで結構大人に対して
「いや、それいま機嫌悪いから八つ当たりしてるだけですやん・・・」
と心の中で思ってしまうことが多々あります。

『トラウマ』と書きましたが、過去になにがあったかというと、高校時代のボクシング部の先生が3年間担任だったのですが、その男性教諭はものすごく大好きでしたが(今もめちゃくちゃ良くしてもらっています)
1つ難点がありまして、それは
その日の機嫌によって周りが危害を被るんです。


●学生時代の私

未だに忘れないのですが高校1年の1学期、まだ学校に不慣れの中、朝練を終え教室で朝礼が始まるのを待ち、生徒たちはその先生が来るのをブルブルと待っていました(鬼教師として有名でした)
すると、教室の扉がガラガラ~ドン!と開き先生が登場。

教壇に立ち、教卓を両掌でバン!と叩き一言。

「俺は今日機嫌が悪い!終わり」
教室を出ていきました・・・

えー!?

なにがあったの!?

ていうか、さっき朝練で先生と話したけどめちゃめちゃご機嫌やったで!?

ってことは朝練後から朝礼までの間になにか気に障ることがあったの!?

大人ってこんなにも理不尽な生き物なん!?

・・・そこからです。

わたしは大人が怒っているところを見ると
「『怒る』ための道具に俺を使ってない?」
と思うようになりました。

今思うと、かなり生意気なクソガキかもしれませんが、そう育ち、いまもそんな考え方で過ごしてしまいます。

例えば、スポーツを見ていて怒鳴っているコーチなどを見ると
「そんなに怒る必要ある?家庭でなんかあった?」
とか

例えば、近所の奥さんが子供に叱っているところを見ても
「それストレス発散に子供使ってない?」
なんて思ってしまうことも・・・

わたしは正直、怒りに感情なんて乗せないでいいと思っています。

「怒ることで相手のためになる」という怒りでないと意味ないです。

甲子園常連校の鬼監督がその瞬間の感情に任せて怒っている訳がないです。

この瞬間、怒ることが選手のためにベストなタイミングであり、怒る要因にたいしてベストな声量や声質があるのだと思います。

わたしはえらそうには言えませんが、人のためになっていない怒りは自己満足であると思います。
そういった意味では、あのとき朝礼で「俺は今日機嫌が悪い!」と怒鳴った先生のおかげで、私の今の考え方があるという意味では
あの先生の一言は回りまわって私のためになりました(笑)

と、長々と書きましたが、
「そんな綺麗ごとじゃ納得しねぇんだよ!」
という方、当ジムはミット打ちなどもしておりますのでガンガンボクシングをおこないストレス発散した後のスッキリストレッチのコースなんかはいかがですか??

●こじるりさんが番組で来てくださりました!!

◆著者◆
ストレッチトレーナー・芸人・元プロボクサー
山田BODY

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